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『ファーナス/訣別の朝』負け続ける者たちの勝利なき戦い

『ファーナス/訣別の朝』(2013/アメリカ/116分)

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監督/脚本:スコットクーパー

脚本:ブラッド・インゲルスビー

製作:ジェニファー・デイヴィソン・キローランレオナルド・ディカプリオ、ライアン・カヴァナー、リドリー・スコット、マイケル・コスティガン

撮影:マサノブ・タカヤナギ

音楽:ディコン・ハイフェンクリフェ

出演:クリスチャン・ベイルウディ・ハレルソン、ケイシー・アフレック、フォレスト・ウィテカーウィレム・デフォーゾーイ・サルダナサム・シェパード

 

※前半はネタバレなしです。

低俗で陰惨な暴力からの幕開け

Release me"解放してくれ"

オープニングで流れるパール・ジャムの「Release」が、これから起こる不条理な悲劇に巻き込まれていく男たちの心の叫びを代弁する。

 

映画はドライブイン・シアターで年増の女と映画(かかっているのは『ミッドナイト・ミート・トレイン』)を観ているヒルビリーの男ハーラン・デグロート(ウディ・ハレルソン)の凄まじい暴力で幕を開ける。

ヒルビリーは山の奥地に住み、一般社会からは隔絶された世界で自分たちのルールに従って生きるアイルランド系の人々を指す表現。彼らを描いた『ウィンターズ・ボーン』(2010)も素晴らしい作品。

 

泥酔したハーランを見て「運転して帰れるの?」と問う女に「この車は自動運転だ」と返すハーラン。このジョークを女が笑うと、ハーランは「なにが可笑しいんだ」と真顔で問いつめる。『グッドフェローズ』(1990)のジョー・ペシと同じ怖さを感じて思わず身構えた。

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そして、女が食べていたホットドッグを奪うと、ソーセージを女の口に突っ込み「淫売野郎め!」と罵る。異常に気づいて止めに入った隣の車の男を滅多打ちにしたところで、タイトル『Out of the Furnace"溶鉱炉の外"』という文字が浮かび上がる。

 

どん詰まりの田舎町に生きる兄弟

舞台はペンシルベニア州ブラドック。かつては鉄鋼産業の中心としてにぎわった町だが、時代の移り変わりによって今や貧しく廃れた町となってしまった。

ペンシルベニアの経済の変遷については、ジャーナリストの竹田圭吾さんが公式サイトとパンフレットに詳しく寄稿されているので参考にしてほしい。

映画『ファーナス/訣別の朝』公式サイト

 

そんな町に暮らす兄ラッセル(クリスチャン・ベイル)は、製鉄の仕事に勤しむ毎日を送っている。今にも息絶えそうな病床の父の姿が、製鉄所で働く者の過酷で悲惨な未来を暗示しているが、それでも彼はすべてを受け入れ、恋人のリナ(ゾーイ・サルダナ)と慎ましい幸せを築いていた。

 

弟ロドニー(ケイシー・アフレック)は、兄を慕いながらも製鉄業やどん詰まりの田舎暮らしを嫌い、軍に入隊してイラク戦争に4度出征した帰還兵だ。働き口のないロドニーは、酒場のオーナーのペティ(ウィレム・デフォー)に借金をしながら競馬に明け暮れていた。

正反対の2人だが、それでも兄弟の絆はとても深い。

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この映画、とにかく豪華キャストの演技が素晴らしい。

下品で卑怯なW・ハレルソンの怪演はもちろん、C・アフレックの純粋さの中に見せる危うさからも目が離せない。錆びついた製鉄所など、ロケーションも抜群だ。

 

そして、唐突に訪れる悲劇が彼らの人生を狂わせていく。

 

 

※以下、ネタバレを含みます。

 

 

 

善良な男はどこまでも堕ちていく

ラッセルは不慮の交通事故で子どもを死なせてしまい、刑務所に入れられてしまう。彼が出所した時、周囲の状況は一変していた。父は死に、ロドニーは廃炉でストリートファイトを行う生活。

心の支えだったリナを最後の拠り所として、もう1度2人で人生をやり直そうと想いをぶつける場面が悲痛だ。彼が刑務所にいる間に、リナは保安官ウェズリー(フォレスト・ウィテカー)との間に子どもを身ごもっていたのだ。それを聞かされても、必死に笑顔を作り「それは素晴らしいことだね」と言うラッセル。なぜ彼がこんな思いをしなければならないのか、と悔しくてたまらない。

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この場面のC・ベイルとZ・サルダナの演技には心底感動させられた。

 

さらに追い打ちをかけるように、ハーランとのトラブルに巻き込まれたロドニーが遺体として発見される。すべてを失ったラッセルは、復讐に盲進していく。

 

「不満があるのか?」「世の中のすべてにな」

『ファーナス』は、1960年代後半から1970年代にかけて盛り上がりを見せた"アメリカン・ニューシネマ"の作品群を彷彿させる。帰還兵・貧困・無能な体制・暴力などは、アメリカン・ニューシネマでくり返し描かれてきたものだ。

 

実際、さまざまなところで『ディア・ハンター』(1978)との共通点が語られている。帰還兵のロドニーがストリートファイトに身をやつす様は、ロシアン・ルーレットに取り憑かれるクリストファー・ウォーケンの姿に重なるし、"鹿狩り"も印象的に登場するからだ。

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アメリカン・ニューシネマの主人公たちに共通するものの1つとして、"怒りや不満を糧にして生きている"という点が挙げられる。

嚆矢とされる『俺たちに明日はない』(1967)のボニーとクライドは体制への強い怒りから強盗を繰り返し、『タクシー・ドライバー』(1976)のベトナム帰還兵トラヴィスは、生を実感するための怒りのはけ口を探してタクシーで街を徘徊する。

 

『ファーナス』の登場人物を見てみると、ロドニーとハーランが実はとても似た人物であることが分かる。

ハーランはラッセルと初めて対面した時に「何かに不満があるのか?」と聞かれ、「世の中のすべてにな」と答える。彼は"怒り"を燃料に命を燃やしてきた男だ。

そんな自分の生き方を、ストリートファイトに取り憑かれたロドニーの姿に重ね合わせた瞬間があったのかもしれない。だから、ロドニーを射殺する時に「目を逸らせ、こっちを見るな」と言ったのではないだろうか。

ラストで弟の仇を討たんとするラッセルに「俺はロドニーの兄だ」と告げられた時、「あのタフな坊やか」とこぼしたその言葉は、同じ世界を生きた者への彼なりの敬意のように思えてならない。

 

苦難からの解放を叫ぶ男たち

そして最後には、それまで怒りを溶鉱炉に葬り圧し殺してきたラッセルもまた、怒りを糧として生きる男となりハーランの後頭部を射抜くのだ。


戦争や格差社会の犠牲となり、今も尚、苦しみ続ける者たちに勝利は訪れない。現場にいながらラッセルを止めることができなかったウェズリーも、自らを呪うだろう。彼は無能な体制の象徴だ。

f:id:tatshead77:20141003104834j:plain"Furnace"という言葉には、「苦難」「試練」という意味もある。『Out of the Furnace』は"苦難の外"に這い出ようとする者たちの物語だ。

ラストに再び流れる「Release」が、"俺を解放してくれ"と彼らの魂の叫びを結ぶ。