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死から始まる『グレート・ビューティー』に感じた"メメント・モリ"

『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(2013年/イタリア・フランス/141分)

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原題:LA GRANDE BELLEZZA

監督:パオロ・ソレンティーノ

脚本:パオロ・ソレンティーノ、ウンベルト・コンタレッロ

撮影:ルカ・ビガッツィ

音楽:レーレ・マルキテッリ

出演:トニ・セルヴィッロ、カルロ・ヴェルドーネ、サブリナ・フェリッリ、ファニー・アルダン

 

※以下、ネタバレありです。

 "死"から始まる旅の物語

映画は、パオラの泉で日本人観光客が突然死を迎える場面から始まる。

そこから女性の絶叫をはさみ、画面は主人公ジェップの65歳を祝う誕生パーティーへと転じる。カメラは乱痴気騒ぎの奥へと滑り込み、くわえタバコに笑みをたたえたジェップがゆっくりと振り返る(かっこ良すぎる!)。

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ジェップは処女作が傑作と評されて以来、40年経っても新作小説を書けないまま、毎晩パーティーに明け暮れている男だ。そんな彼は、初恋の女性の訃報をきっかけに自分の人生を顧みることになる。

 

メメント・モリ、「死を想え」

この映画を観て、まず浮かんだのがラテン語の"メメント・モリ"だった。「死を想え」「死を記憶せよ」などと訳されるこの言葉が頭から離れなくなるほど、映画の至る所に直接的、あるいは象徴的に「死」が立ち現れる。

 

例えばジェップが家のバルコニーから見下ろすコロッセオは、死のやり取りが行われた場所だ。ローマの歴史的な建築物はどれもある意味、遺物として死を連想させるといってもいいかもしれない。

また、子供の頃から毎日撮り続けた自分のポートレートを展示する男が出てくるが、その写真は生の記録であると同時に、着実に死へと向かっていることも感じさせる。

100歳を超えるという老シスター・マリアがのぼる階段は、天使が上り下りすると言われるヤコブの梯子だろうか。

 

僕が最も好きな場面でもある、キリンを消すマジックショーも死のイメージだ。今まで確かにそこにあったものが、一瞬にして跡形もなく消え去ってしまう。その儚さ、残酷さ。

 

しかし、"死を想う"ことは同時に生を見つめることでもある。そのため、死のイメージの連続は、不思議とどこか温もりを感じさせるのだ。

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トリックに隠された"大いなる美"

キリンを消したマジシャンが言う言葉が、この映画を読み解くカギとなる。

「すべてトリックだよ」

トリックとはつまり、普段の何気ない生活のひとつひとつだ。ジェップが追い求める"大いなる美"は、実は一見無駄に思えるそれらの奥底に隠されている。

 

たとえば自分のポートレートを展示すること、たとえば毎日根菜を食べ続けること、朝まで乱痴気騒ぎすることや、さらには鳥たちが西を目指し飛ぶこと…どれもがトリックだ。生の営みというトリックに"大いなる美"は埋没してしまっている。

そして、それはマジックショーのキリンのように突然現れ、確かに存在すると思った次の瞬間には消え去ってしまう。だからこそ驚きがあり、感動があり、美しいのかもしれない。

 

そう考えたジェップは、トリックだと分かっていながらも再び筆をとることを決意するのだ。

 

 

おまけ

あと、初恋の人エリーザ役のAnnaluisa Capasa、かわいかったなあ。

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